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2015年11月の記事一覧

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2015 横浜FCを振り返る 

 今年は観戦記をすっかりサボってしまいました。今度まとめて書きますかね。記録ですから。
 シーズンが終わって、最終的な順位は15位。ただ降格圏をうろついてしまったことを思うと、これでもいい順位かな、と。
 昨オフは前代未聞の変な補強で終わりました。新戦力はルーキーの上田だけで、あとの移籍加入選手はレンタルバックなど過去に放出した選手ばかり。さらにFWはたった4人と、あらゆる面で不安が感じられました。
 それでも前半戦は7位まで順位を上げ、PO圏も狙える程でしたが、後半は8連敗もあって急ブレーキ、低迷することになりました。

 総ゴールはわずか33(19位)。得点力の欠如は目を覆うばかりでした。最多ゴールは大久保の7。これでは苦しい。ちなみにJ2得点王は磐田のジェイで20ゴール。う~ん。
 逆に失点は58で、3番目に多い数字です。3点以上失った試合が9もありました。CBだけでなく、チーム全体の守備力が非常に弱かったシーズンでした。
 あ、あと退場も一番多かったな。

 では、ポジションごとに。


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常総ツーリング 晩秋 

 昨日は珍しく平日に休みだったので、CBくんでツーリングにでかけました。
 いつもなら山に行くのですが、もう寒いので冬装備を着込んで平地ツーリングです。のんびり走れるところ、と思って霞ヶ浦を目指すことにしました。

 どうせなら、と色々寄り道を考えてしまうのが私の悪いところ。とりあえず霞ヶ浦のちょっと手前、牛久の大仏でも拝むtころから、と牛久を目指すことにしました。
 それほど急ぎませんし、高速に乗ってしまうと面白く無いので、しばらく下道で行くことに。

 青葉区から国道246号で東京へ向かいます。平日の朝にガッツリ都内を走るなんて初めてですが、やっぱり混んでますね。玉川通りに入ると、バイクでもかなり苦しくなります。
 それでも渋谷を抜けると、数多い信号に悩まされつつもスムーズに流れるようになります。
 三宅坂から桜田門、日比谷を経て銀座へ。そういや、銀座をバイクで走るなんて初めてですね。

 日本橋からは浅草へ。地下鉄での移動ばかりなので、意外と位置関係や距離感がわかっていません。バイクで走ると新鮮です。
 浅草からスカイツリーを眺めつつ6号線へ。四つ木、亀有と進んで気が済んだので、外環道へ出て常磐道に乗ります。ちょっともったいないですかね。

 牛久あたりではまだ天気が悪く、雲が垂れ込めて霞がかかったような状態でした。それでも近づくと、
常総ツーリング 1
 おぉ、見える見える! デカイですね~。正直、油断してたらギョッとしそうですが。

常総ツーリング 2
 足元まで来ると、ホントに大きいです。青銅製としては世界一の高さで体だけで120mだとか。胎内に入って眺望を楽しむこともできますが、天気悪いので割愛。大きさを堪能したので十分です。

 次は霞ヶ浦のほとり、土浦へ。ここではお城を攻略します。常総ツーリング 3
 土浦城です。もとは戦国期に小田氏が築いたもののようですが、現在の城郭は近世に入封して土浦藩を立藩した藤井松平氏の松平信一が整備したものです。土浦藩は変遷を経て土屋氏が入り、維新を迎えました。
 この土屋氏は戦国期に武田氏の家臣だった家で、信玄の遺臣を重用した家康によって召しだされました。初代土屋忠直は、天目山で武田勝頼に殉じ、「片手千人斬り」と称される活躍をしたといわれます。

常総ツーリング 4
常総ツーリング 5
 城跡は二ノ丸と本丸を公園として整備しています。ここだけ見るとさしたる工夫もない(馬出しなどには武田流が見られるようです)城で、本丸は低い掻き揚げの土塁ですし、広さもそれほどでもありません。東西の隅櫓は復元されたものです。

常総ツーリング 6
 本丸入り口の櫓門は近世以来の遺構です。さて、霞ヶ浦の周辺は低湿地となっていて、水害が多い地域でした。逆に言えば水が豊富にあり、土浦城も水を活かして何重にも水濠を巡らせていて、本丸単体の防御力は低くとも、水をいかした構造的な強さがあったのではないかと考えられます。
 しかし、三ノ丸などの外郭は市街地化していて、往時を偲ぶことはできません。もしこれが残っていれば、相当に雄大な景色だったのではないでしょうか。土浦の市街地は相当不便になったことでしょうが。

 日本の城郭遺構は殆どが中心地だけの保存で、惣構え全体が見られる城はほとんどありません。それではその城の防御思想が見えてこないのですが、しょうがないことですかね。それが最も見られるのは首都東京の江戸城だというのも皮肉な話です。


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2015東京モーターショー② 

 今回のモーターショーは、スポーツモデルが注目を集めました。

2015モーターショー 14
 ホンダはシビックタイプR。ターボ過給で今まで以上のハイパワーを得ましたが、なんかタイプRってNAのイメージなんだよな…。インテグラのタイプRがやっぱり一番だったな。
 このリアエンド、過剰装飾だろ。

2015モーターショー 15
 こちらはNSX。スタイリングはかっこいい。ハイブリッドで4WD。そんなシステム、なんかかっこ良くない。

2015モーターショー 21
 トヨタS-FR。コンセプトモデルのコンパクトFR。ロードスターのコンセプトそのままなのに、トヨタが出すことにどんな意味が? あ、4人乗りなのか。でもこんなのの後部座席に座るのは御免被りたいところ。

2015モーターショー 33
 マツダRX-VISION。スカイアクティブの新型ロータリー搭載だそうな。ロータリー諦めてないのはいいけど、さすがにロングノーズすぎてスタイリングが古臭い。コンパクトなエンジンを生かして、フロントエンジンなのにランボルギーニ的な前のめりなデザインにして、後部座席もしっかりさせたらいいのに。

2015モーターショー 30
 ポルシェ911カレラ4S。エンジンがダウンサイジングの3リッターツインターボになりました。さらに4WSも搭載。ついにポルシェにもダウンサイジング化の流れが…。ただ、ポルシェってコンパクトさもいいとこだから、悪くないなあ。





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2015モーターショー① 

 今年は2年に1度の東京モーターショーの年。幸い期間中に平日休みが取れたので、朝から行ってきました。
2015モーターショー 1

2015モーターショー 2
 トラック用エンジン。高圧コモンレール&ターボでダウンサイジング化されてます。このようなエンジンはここ数回のモーターショーではおなじみになってきました。さぁ、次はどんな革新的な技術が投入されるか。大型ディーゼルエンジンにはどんな未来があるんでしょうね。

2015モーターショー 3
2015モーターショー 4
 今回ワタシが一番気に入ったのがこちら。スマート・フォーツーです。先代よりもグットデザインの質感が上がりました。エンジンは1リーッター3気筒でミッションは6速デュアルクラッチ。RRレイアウトを引き継いでます。RRっていいですよね。リアの駆動輪にグッとトラクションが掛かる感じ。箱根~湯河原の椿ラインみたいな狭いワインディングとか走ってみたいな。
 4人乗りのフォーフォーもありますが、デザインはやっぱり2シーターで完成されてる。上下分割のハッチゲートも面白いし、セカンドカーには最高ですね。まぁセカンドカーに200万は高すぎですが。

2015モーターショー 5
 ボンネットには補機類が収まります。めったに開けるわけではないので、ヒンジではなく、はめ込み式。ベルトでつながってます。割りきってますな。

2015モーターショー 7
 こちらがフォーフォー。先代のフォーフォーはFFでしたが、今回はこちらもRRです。ただ、やっぱりやや間延びして見えますね。ハッチゲートは通常の跳ね上げです。

2015モーターショー 6
 内装も上質。スマホホルダがあるのが、らしいですね。座ってみると囲まれ感が強いですが、けして窮屈ではないので、悪く無いです。


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南三陸 山歩きツアー② 

 パート②は入谷編です。私はこれまで南三陸町というと津波の被災地のボランティアがほとんどで、内陸にある入谷にはあまり縁がありませんでした。
 今年の3月のボランティア感謝の集いの時に、娘をつれてオクトパスくん作りを体験したのが、初めて(こちら)でした。今年の夏は、応縁団の「おでって」に参加したので、そのときにゆっくり入谷の温かな雰囲気を味わい、南三陸町の魅力の奥深さに感じ入ったものです。
 今回はじっくり入谷を楽しめるのを楽しみにしてきました。

 入谷地区はリアス海岸中心の南三陸町にあって、唯一内陸部にある、のどかな里山の集落です。海からも遠く、東日本大震災でも南三陸町の各地区の中で唯一津波の被害を免れました。
 その代わり、東北自動車道方面から南三陸町に来て最初の集落でもあるので、被災地支援の拠点として、避難所や物資の集積、炊き出しなど多くの場面で町の復興を支えました。

 では出発です。峠を少し下ると、このような巨石が。
2015南三陸晩秋 20
 先ほどの鐙石もそうですが、各所になぜか巨石があって、それぞれに様々な言い伝えがあるのが面白いですね。

 峠で本来は昼食を取るはずだったのですが、前述のとおりかなり寒い。弱っていたのですが、歌津から入谷に入ったことでガイドさんが交代になり、入谷のガイドさんの伝手で、近くの農家におじゃまさせていただいて、お部屋でお弁当を食べさせてもらえることになりました。みかんまでごちそうになってしまって…。

 こちらでは庭にも幾つもの作物が育っていますが、スダチなどもありました。これもご厚意で少し頂いてしまいました。本当に有難うございます。
2015南三陸晩秋 21
 突然の訪問でしたが温かく迎えていただきました。度は地元の方とのふれあいが何よりです。幸せでした。

 入谷山の神平という入谷地区でも最も奥の集落は、入谷三山の一つ新行堂山の麓にあります。ちょっと山に入って行くと、ここにも巨石がありました。
2015南三陸晩秋 22
 なかなかの大きさですね。ひび割れていますが、嘘つきは通れないとのこと。…そんなこと言われるとためらってしまうではないですか。いや、嘘なんか、つつつつつついてないですよ。

2015南三陸晩秋 23
 さすがにこいつは余裕しゃくしゃくでした。楽しげに遊びまわっています。

 私はというと…。
2015南三陸晩秋 24
 必死ですが、ちゃんと通れましたって!

 それにしても、入谷の農村の風景は実にいいです。
2015南三陸晩秋 25
2015南三陸晩秋 26
 下の写真では新行堂山が望めます。入谷地区は北方を新行堂山・惣内山・童子山に囲まれていて、南は本吉街道(398号線)に向かって開けています。

 入谷は中世期、金を産出し「入谷千軒」と言われるほど繁栄したそうです。といって、この時代は鉱山を深く掘ったわけではなく、砂金を採るか、露頭の岩を砕いて金を得ていました。その後寂れ、よすがを感じることは殆どできません。
 現在は穏やかな農村です。幾つかの畑や農家を見させていただきながら、美しい里山を歩くうちに、この日の宿に着きました。

2015南三陸晩秋 29
 泊まるのは「さんさん館」です。見ての通り、廃校になった林際小学校を改装した宿泊施設です。懐かしい木造校舎が素敵です。

2015南三陸晩秋 27
 板張りの廊下や掛け時計、木枠のサッシ、足踏みオルガンなど、どれをとっても懐かしいですね。

 極め付きはこれ。
2015南三陸晩秋 28
 さすがにこれは使ったことがない(笑) 林際小学校は廃校になって20年位ですから、どこから引っ張りだしたんでしょうね。
 それにしても、中の探検は楽しい経験でした。とくに近代的な鉄筋コンクリートの小学校に通う娘からすれば、新鮮だったようです。

2015南三陸晩秋 30
 夕食は海鮮バーベキューです。ホタテや鮭やイカ、何でもかんでも美味しいんですよね。夕景を眺めながら、三陸の秋の味覚を満喫。
 ついでに、さんさん館で出してくださったデザートも楽しくてよかったです。マショマロや焼きバナナのチョコフォンデュ。鉄板の上で湯煎してチョコ溶かすなんて、意外な技でした。
 ゲームなども楽しんで、暗くなるまでゆっくりしました。最後に炭火で暖まりながら、地元の方に震災当時の話を聞きました。避難した屋上で膝まで津波に濡れ、そこで一夜を明かしたことや、間一髪避難が間に合ったこと、炊き出しでたくさんのおにぎりを作ったこと…。

 いつの間にか空はたくさんの星が輝いていました。時間が早いので、夏の大三角がまだ残っていて、秋の代表ペガススの四辺形と競演していました。
 部屋は教室を改造してユニットバスとベッドが入った洋室でした。食事の後は寒くて仕方がなかったので、部屋をガンガンに暖め、ベッドに寝転がって娘といろいろ話していましたが、8時前には眠くなってしまってそのまま撃沈。


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南三陸 山歩きツアー① 

 2012年にボランティアで行って以来、すっかり南三陸町にハマっています。風光明媚な景色と美味しい食べ物、なによりあたたかい町の方々。津波による深い悲しみを抱きつつ、少しずつ歩みをすすめる南三陸町を、私はすっかり愛しています。
 チャンスさえあれば何度でも、と思っているのですが、土日にも仕事が入ることが多いし、チビどももいるので、そう簡単にはいけません。
 でも、やっぱり行きたい、ということで長女をダシに山歩きツアーに参加することにして、親子2人で出かけてきました。バイクで行けないのが難点ですがね。

 金曜日、仕事を早退しての出発です。ツアーが土曜の朝集合なので、当日出発では間に合いませんから、どうしても前乗りになります。
 この日は新幹線で古川まで行き、陸羽東線に乗り継いで21時過ぎに小牛田に着きました。ここで一泊。

 翌日は7時前に出発して石巻線で前谷地へ。陸羽東線や気仙沼線で乗れるキハ100系です。スマートな外観とパワフルなエンジン。加速もスムーズで昔の気動車で感じたモッサリ感がなく、さすがJR東日本のエース気動車です。
2015南三陸晩秋 1

 娘はディーゼルのローカル線に乗るのが初めて。エンジン音やドアの開閉ボタン、そして車窓の風景などに興味津々です。
2015南三陸晩秋 2

 前谷地からは気仙沼線ですが、こちらは途中の柳津から先が津波で不通になってしまい、バスに切り替わっています。一部気仙沼線の線路跡地を専用道路にしており、BRT(バス高速輸送システム)として運行されています。
 これまで何度か南三陸町に来た時に、BRTとして整備する様子を見ていたので、実際に乗ってみたいとは思っていましたから、今回鉄道で来たのはそれが果たせるというメリットも有りました。

 柳津までは鉄道も走っていますが、今年6月から前谷地までBRTが延長されました。列車を降りると、いの一番でバスに乗り込みました。バス停、もとい駅はきれいに整備されています。
2015南三陸晩秋 3
 車両は一般の路線バスと同じようですが、ハイブリッドバスが導入されています。

 柳津からは国道45号線で東に向かいます。陸前横山を過ぎ、南三陸町に入ってしばらくすると、一気に周囲の風景が変わり、そこかしこに津波の爪あとが見られるようになります。海岸に出る寸前にあるのが陸前戸倉駅。戸倉は私が初めてボランティアできたところですから、印象深いです。
 2012年、戸倉のすぐ東のトンネルはこうでした。
2015 南三陸町回顧 1

 翌年にはぐにゃりと曲がった線路やコンクリの胸壁などが撤去され、法面も補修されていました。
2015 南三陸町回顧

 さらに13年にはその先の旧軌道のあとを舗装する工事が見られました。BRTを通すためですね。この時点で気仙沼線の鉄道としての復旧は難しいと考えられていました。
2015 南三陸町回顧

 こちらが昨年の陸前戸倉駅です。
2015 南三陸町回顧
 ここで45号線から専用道路にはいるわけです。当たり前ですが、舗装は完了しており、BRTの本格運用がスタートしていました。これが45号線の直ぐ側を通る専用道路です(昨年撮影)。
2015 南三陸町回顧

 今まではホテル観洋の近くで国道からよじ登って様子を見ていましたが、今回は実際にBRTで見られるので、それも楽しい。
2015南三陸晩秋 4
 いよいよ陸前戸倉駅から専用道路に入ります。なにせ元が単線だったので、幅は狭いです。しっかり信号で閉塞しています。

2015南三陸晩秋 5
 橋梁部ですかね。いくら専用道路で対向車も歩行者もいないとはいえ、狭い道をバスで走るのは怖そうでもあります。

2015南三陸晩秋 6
2015南三陸晩秋 8
 志津川の街に入る手前で専用道路は終わり、45号線に戻ります。気仙沼線はもうすぐで旧志津川駅ですが、その付近は橋梁が流出したり、駅のホームが崩壊状態だったりで、専用道路に工事するのが難しそうです。
 周囲はかさ上げがどんどん進んでいます。旧防災対策庁舎も見えづらくなってきました。

2015南三陸晩秋 7
 こちらもバスの車窓から。かさ上げ・造成の進み具合がすごいです。10月に45号線は付け替えが行われていますし、相変わらず来るたびに道が変わっています。

 では、そろそろ山歩きツアーの方へ。

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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

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