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復興と都市計画 

 避難生活が続き、原発事故の処理もままならないのにこんなこと書くのは早過ぎるかもしれませんが、避けては通れない問題なので、今思うことを書いておきます。

 今回の津波は非常に規模が大きく、三陸の港町はほぼ壊滅しました。いわゆるリアス式海岸の津波被害は昔から言われてきたことで、例えば宮古市田老の防潮堤は教科書にも載っているほどですし、他の町でも対策をしてきたところです。
 しかしそのどれもが残念ながら想定を超えた大津波の前には無力でした。身命を賭して避難を呼びかける方々によって救われた人命は多いものの、建物は一部を除いてほぼ失われました。

 しかしどんな状態であれ、そこに住み続けた人々にとっては大事なふるさとですから、一刻も早くインフラを回復させ、町を復興させなくてはなりません。莫大な費用がかかりますが、それは国全体で背負っていくしかありません。しかし、それ以外にも多くの障害があります。

 まず固定資産としての土地をどのように確認していくか。3万に迫ろうとする多くの亡くなった、または行方不明の方々の所有する土地があります。相続できる人もいるでしょうが、登記などの処理がどれだけ可能なのか分かりません。境界確認などもかなり難しいでしょうから、権利面での問題もあるでしょう。さらにいえば、所有を確認できなくなってしまう土地もあるのではないでしょうか。私はこういったときの法的な処理の方法などは全く分かりませんが、甚大な被害で一面荒野になった町中の土地を整理するのは容易ではないでしょう。

 町の復興に当たっては、都市計画の見直しが課題になります。関東大震災後に復興計画を立案し、現在の東京の原型を作った後藤新平の例を思い浮かべますが、そこまでいかずとも込み入った街衢を整理し、住みやすい町並みにすること、そして避難が迅速に行われるような道路を整備(拡幅・直線化など)することを進める必要があります。もちろん、ここに前述の土地の権利の問題が絡むので、どこまで大胆な都市計画をつくれるかわかりませんが。
 ただ、自治体の庁舎や学校などは高台を中心、に災害時の拠点として災害に耐えうるものを作ることになるでしょう。病院に関しても同様です。

 そしてこの都市計画には津波にどう向かい合うか、ということをベースに考えていかなくてはなりません。
 田老町の10m近い高さを誇る堅牢な防潮堤は1960年のチリ地震津波には有効でした。2重に(正確にはX字)海岸線に聳え、どんな津波からも町を守ってくれそうでした。しかし今回はそれを楽々と超える高さの津波で、明治29年以来の大被害となりました。
 では、こんどは20mの高さの防潮堤を作るのか。他の町もそれをつくるのか。しかし20mという高さは現実的ではないし、それだけでインフラ費用は底をつくでしょう。町の機能としてもかなりの制約を受けることになります。
 かといって、大津波に役に立たない防潮堤を何十億もかけて作るのも、なかなか賛同が得られないかも知れません。田老町の防潮堤すら、他では類を見ない規模なのですから。思い切って作らない、というわけにも行きませんし、津波の研究者や都市計画の専門家が知恵を出しあって、計画を立てて欲しいですね。再びそこに住む方々の不安は容易に解消されるものではありませんが、最大限にそれをしつつ、どこかで割り切っていかなくてはいけない。

 三陸の町は漁業が中心です。したがって港湾設備の復旧も重要課題ですが、実はもっと重要なのが漁場の回復です。
 前にも書きましたが、三陸は養殖業が盛んで、牡蠣や帆立などの生産が多い。ワカメは岩手と宮城で全国シェアの4分の3を占めます。これらは風や波から海を守るリアス式海岸ならではの特徴です。しかし養殖設備は悉く津波に破壊されてしまっています。
 津波は押し流す破壊力も絶大ですが、怖いのが引き波。押し寄せた波が引いていくときに、瓦礫からなにからを海に引きずり込んでいきます。今、三陸の海の底は多くの瓦礫や車などが横たわっていることだと思います。これらを撤去するのにかかる労力は、陸上でのそれに数十倍します。
 しかし漁業は地域経済の中核でもあり、観光資源でもあるのですから、これを復興せずして町の復興はありません。沖合に出れば漁業は可能でしょうから、ライフラインの復旧とともに、港湾設備の整備は地域経済を考えると優先順位が高い項目ではないでしょうか。
 
 思いつくままに課題をあげてみました。しかしこれはあくまで「物」に関わる課題であって、なによりも被災者の方々の傷ついた心を支え、ともにこの悲劇を乗り越える努力をせねばなりません。そして人材の確保。漁業など、地域を支える有為の人材は多く失われてしまっています。行政や経済活動などの人材でも長い時間をかけた「復興」が必要になります。
 さらにいえば、これはあくまで三陸海岸についての話。原発事故に見舞われた福島県沿岸部の復興はこれ以上に複雑で困難かもしれません。それはまた別に。

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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・