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アツ、引退 

三浦淳宏引退、指導者へ J1最多15発のFKスペシャリスト
4月4日(月)8時4分 スポーツ報知

J1通算直接FKゴール最多15得点記録を持つ元日本代表DFの三浦淳宏(36)=前横浜C=が現役を引退することが3日、明らかになった。1994年の横浜F(当時)入団から17年のプロ生活に終止符を打つ決意を、4日に自身のブログで正式発表する。

 「指導者になりたいという次なる目標を見つけたので、第2の人生を進むのに一番いい時だと思った。スパイクを脱ぐことに悔いはないけど、最後にグラウンドという勝負してきた神聖な場所で、夕魅(ゆみ)に花束を渡したかった」と、結婚9年目の夫人に感謝した。昨年末の横浜C退団後、JFLなど複数チームから誘いを受けたが、決意を固めた。

 FKのスペシャリストで「ブレ球FK」の第一人者。大分・明野中時代に恩師の吉武博文・現U―17代表監督の指導で目覚め、技術を追求してきた。自身のベストゴールに挙げたのは、J2時代の神戸で決めた2006年9月27日、鳥栖戦(神戸ウイング)の約35メートルのFK。「まず左へ速い球が飛んで、右に行ってドーンと落ちた。強烈だった」。同年、激戦の入れ替え戦を乗り越え、主将として1年でのJ1復帰を達成した。「蹴ることの技術にはすごくこだわってきた。少なからず伝えていければ」と、まずは日本協会公認指導者ライセンスB級取得を目指す。

 引退を機に「淳寛」と改名。「積み上げてきたものを生かし、さらに飛躍する」意味を込めた。99年、横浜Fの吸収合併など時代の荒波を越えてJを支えた功労者が、新たな一歩を踏み出す。

 ◆三浦 淳宏(みうら・あつひろ)1974年7月24日、大分市生まれ。36歳。明治北小3年でサッカーを始め、長崎・国見高で全国高校選手権優勝2回。青学大を中退し1994年、横浜F入団。98年度天皇杯優勝。チームは99年横浜Mに合併吸収。2000年第1S優勝。01年東京V、05年神戸、07年横浜Cへ移籍。J1リーグ通算318試合出場、45得点。J2通算109試合、20点(FK8点)。2000年シドニー五輪出場。日本代表(99~05年)25試合、1得点。家族は元U―21女子代表の夕魅夫人(36)と1女。175センチ、74キロ。血液型O。


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 昨シーズンで横浜FCを戦力外となったアツですが、ついに引退となりました。ご本人のブログ(こちら)での発表となりました。

 横浜FCに来てくれたのは長いキャリアの終盤でした。J1に昇格しながらも散々に叩きのめされたチームに加入してくれたことを嬉しく思ったものです。降格後も3シーズン在籍。一昨年あたりからはケガや年齢的なものから運動量の低下やキレの衰えは隠せなくなったものですが、それでもFKやミドルシュートの威力は群を抜いていました。サッカーにはつきものとはいえ、ケガがなければこんなもんじゃすまなかったでしょうし、それだけ体に負担をかけるようなキックを打っていたということでしょうね。

 三ツ沢のゴール裏で試合前のアップを見ていると、アツのFK練習を真正面から打たれるような錯覚を受けました。ブレながら鋭い軌道で落ちるボールは、練習と言ってもスタンドをどよめかせたものです。

 3シーズン半、横浜FCにいてくれてありがとう、アツ。指導者として成功することを祈っています。
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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・