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小田原ツアー 小田原城と石垣山城 

 「旅」カテにするにはショートツアーでしたが、あらためて小田原ツアーを。
 前のエントリで書いたとおり、再建天守とはいえ近くもあり、一度は行こうと思いつつなかなかチャンスがなかったのが小田原城。今日は涼しかったので、レガシィでフラっと言ってきました。我が家からは東名も近いし、小田原厚木道路を使えば1時間程度で着いちゃうんですよね。

小田原ツアー 小田原城再建天守
 さて、小田原城ですが、わずかに残る遺構は江戸時代初期に大久保忠世・忠隣親子によって整備された近世城郭です。残念ながら後北条氏時代を偲ぶ縁は空堀や土塁を除いてはあまりありません。ただ、小田原の市街はほぼ後北条氏の小田原城の総構に含まれていたはずなので、そこを偲ぶぐらいでしょうか。

 天守は明治期に破却、写真の天守閣は雛形などをもとに鉄筋コンクリートで復元したものです。もっとも最上階の高欄はありませんでしたが。
 三層の建物ですが、よく見ると構造は意外と単純です。一層目に出窓が設けられていて、その屋根は入母屋屋根になっています。ここだけ威厳のある大きな破風を見せていますが、この写真に写っていない西側の壁面には出窓がなく、破風も小さめの千鳥破風のみです。二層目の屋根は南北に2つずつの千鳥破風、東西はこれも小さめの唐破風があります。最上層の屋根のみ入母屋屋根で、南北には唐破風。つまり構造としては単純に積み上げた三層構造で、出窓と破風で変化をつけているのです。このあたり、同じ三層でも一層目に大きな入母屋屋根を設けた彦根城に比べると見劣りしますね。
 ただ、層ごとに高さがあり、石垣の高さも相まって三層の割に立派に見える天守閣です。

 内部はRCですから建物そのものに見るべきものはありません。展示物をたのしみつつ最上階へ。
小田原ツアー 八幡山
 高楼の北側に立つと、線路を挟んで向こう側に八幡山が見えます。ここは北側の山々に繋がる部分で、後北条氏時代はこの山が詰城として用いられていました。近世では城郭内に含まれていません。
 詰城でありつつ、城郭を直下に見下ろす山ですから、北面の急所ですね。

 現在、小田原城は少しずつ復元を進めています。できるだけ史実に忠実に進めて欲しいものです。

 次に向かったのは、これは車がないと行けない、石垣山城です。言わずと知れた、秀吉の一夜城。急で狭い坂を一気に登ると、二の丸直下に駐車場があって、意外と気楽に行けます。
 石垣山城は天正18年(1590)の小田原攻めの際、秀吉が攻城の本拠として築いた城です。小田原城から見えないように建てて、完成後に一気に周囲の木を切り払ったために「一夜城」等と言われますが、実際には結構な日数をかけて、石垣でしっかり築いています。さすがに小田原方も気づかないということはなかったでしょう。ただ、短期間に石垣積みの立派な城郭が出現したことは確かですから、戦意喪失も無理ありません。
 地形を見ると、もともと笠懸山などといわれ、早川沿いに小田原の平野部につきだした尾根です。西方は箱根に続く山地ですが、北側には早川が流れ、急な斜面、南側は海に向かっているという、小田原市街を見渡すには絶好の位置にあります。
 したがって、秀吉ならずとも付城(攻城戦のための拠点・見張りとなる城)を置くには二つと無い山であり、その意味ではここに城が築かれたのは必然と言えるでしょう。秀吉の面白いところはそれをただの付城に済ませず、関東において初めてと言われる、本格的な石垣積みの城としたことでしょう。

 といって構造は複雑ではありません。主たる曲輪は二の丸と本丸のみ。三の丸に相当する小さい曲輪もあり、他にもいくつか小規模な曲輪はありますが。
 登山道を登るとすぐに二の丸曲輪にでます。広く削平された場所です。奥にはこのような崩れかけた石垣。
小田原ツアー 本丸石垣あと
 尾根に沿って高くなったところに石垣を築いて本丸としています。石垣は穴太衆を用いたとされ、野面積みです。

 また、二の丸からは小田原市街が望めます。
小田原ツアー 石垣山から見る小田原城
 デジカメのデジタルズームで撮った小田原城です。

 本丸に登る位置には門らしき跡もあり、本丸には天守台もあります。
小田原ツアー 石垣山城天守台
 もっとも天守は作られていないかもしれないそうですが。礎石などは発見されていないのでしょうか。
 天守台は小さく、もし天守があったとしても二層程度の小規模のものだったでしょう。ただ、築城好きの秀吉が天守を作らせないというのもしっくり来ませんね。

 もっとも石垣が原型をとどめているのが「井戸曲輪」です。水の手を囲むように石垣が築かれており、関東大震災に耐えてよく残っています。
小田原ツアー 石垣山城井戸曲輪

 奥まで行くと、
小田原ツアー 石垣山城の湧き水
 現在も湧水があります。周囲が雑草に覆われているのが残念。湧水量は少なく、当時はどうだったのでしょうか。また、二の丸からも25mほど下にあり、水汲みも大変だったでしょうね。

 石垣山城は城下町もなく、純粋な戦闘用の拠点でした。それだけに往時の風情がよく残されて降り、いい佇まいです。できればもう少し綺麗に保存してほしいですね。

 最後に向かったのは、こちら神奈川県立生命の星・地球博物館です。
小田原ツアー 生命の星・地球博物館
 ここも国道1号線を通るたびに興味を惹かれていたのですが、なかなか行くことができませんでした。

 県立の博物館としては規模も大きく、展示も見ごたえあり。しかし常設展より心に残ったのは水生昆虫を取り上げた特別展です。
 ゲンゴロウやタガメなど、今では絶滅しかかっている水生昆虫たちの姿を見て嬉しくなりました。
 深緑のボディに黄色の縁取りの入ったゲンゴロウは、昔買ったことはありますが、今は取引も規制されるほどの希少種。流麗な泳ぐ姿は誰が見ても美しいと思うはず。
 タガメはちょうどオタマジャクシを捕まえてお食事中でした。図鑑や水族館でしか見たことのないタガメ。ゲンゴロウ以上に希少種です(神奈川県では絶滅)。たくましい腕でがっちりとオタマジャクシを抱え、鋭い口で体液を吸い取ります。お食事シーンを見るのは初めてだったのでラッキー!
 他にもガムシやミズスマシ、タイコウチやミズカマキリなど、希少な種をたくさん見ることができました。子供たちがいつか、自然の中で逢える日が来るといいのですが・・・
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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・