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今頃気づいた アツ引退試合について 

 先日の三浦アツの引退試合(こちら)、あの雰囲気が忘れられませんが、その中で異彩を放ったピース又吉。彼の必死のプレーもまたインパクト大でした。

 その彼がその時のことを記していました。勝手ながら引用させてください。

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又吉直樹の名言コラム

 2013年11月4日横浜の三ツ沢球技場にて、三浦淳宏選手の引退試合が行われた。

 僕は全てのプロサッカー選手を心から尊敬しているが、その中でも三浦淳宏選手は学生時代から僕が憧れる特別な選手の一人だった。

 僕は小学校三年生から、高校三年までサッカー部に所属していた。何かのスペシャリストだったわけではないし、特別な才能があったわけでも無いので、チームで僕にポジションが確約されていたことなど一度も無かった。チームによって、或いは対戦相手によって色々なポジションをやらされた。

 個人的には、攻撃的な中盤のポジションをやるのが好きだった。一番ボールが回ってくるからだ。いつも最初は希望通り中盤をやらせて貰えるのだが、しばらくすると協調性が無いという理由で左サイドに回されることが多かった。
 もちろん、サッカーに於いて重要ではないポジションなど存在しない。
 サイドが攻撃の起点になることは非常に多いし、センターにボールを入れられる前にサイドでボールを奪えたらリスクを回避し機能的な守備が出来ていると言える。
 僕は、左利きだということもあり高校二年になると左サイドを任されることが多くなった。
 そして徐々に左サイドというポジションの面白さに気付いて行った。

 三浦淳宏選手は長崎の国見高校で二度も全国制覇をしていた。Jリーグ発足以前のサッカー少年達にとって『全国高校サッカー選手権』は正に夢だった。僕も少年サッカーチームのメンバー達と共に選手権のサッカー中継を夢中で観ていた。その時に活躍していたのが三浦淳宏選手達だった。

 そんな、三浦淳宏選手は横浜フリューゲルスに入団して、攻撃的な中盤のポジションから、しばらくすると左サイドにコンバートされ大活躍した。

 大好きなスター選手が、自分と同じ左サイドをやっているというのは凄く励みになったし、何より自分のポジションに誇りを持つことができた。

 三浦淳宏選手はフリーキッカーとして有名だが、僕達の世代のイメージでは天才ドリブラーとしての印象の方が先行する。トリッキーなドリブルでサイドをかけ上がったり、サイドからセンターに切れ込んで行くドリブルは凄まじいものがあった。無論、幾度となく素晴らしいフリーキックも観てきた。無回転フリーキックと言えば三浦淳宏選手だった。

 僕の場合は、ただただ適性と協調性が無くて、唯一の左利きという武器を活かすために左サイドに回されただけだったが、サイドを任されるということはドリブル突破を期待されているのだと三浦淳宏選手というフィルターを通して、前向きに捉えることさえ出来た。

 高校生の時、部活帰りに日本代表の話しになると、『三浦淳宏を早く代表に呼んで欲しい』という議題は必ずと言っていいほど上がった。それほど、強く憧れていた選手である。

 その三浦淳宏選手の引退試合には、日本を代表する有名なサッカー選手が本当に沢山集まった。

 三浦淳宏選手と僕は何度か仕事で御一緒させていただいた縁があり、また僕が三浦淳宏選手のファンだということもあって、光栄なことに引退試合に招待していただいた。ところが、スタンドから観戦させていただくだけで充分だったのだが、何故か試合にまで出していただけることになった。

 僕にとっては夢のような時間だった。

 三浦淳宏選手はドリブルで何度も駆け上がり、フリーキックも決めてハットトリックの大活躍。一方、僕も二十分という長い時間出場させていただいた。

 日頃から不摂生な暮らしをしている三十代の僕が走れるわけがない。

 それでも、サポーターの皆さんは優しかった。

『又吉頑張れ!』
『又吉行けるぞ!』
『又吉呼べ!』
『又吉サッカーでもスベるぞ!』

 などと、あらゆる方法で僕を励まして下さった。

 夢のような時間の中で、憧れの選手達のパスを受け、憧れの選手達のプレーを眼に焼き付けながら、『なぜ僕は今ここにいるのだろう?なぜ僕はこの試合に出ることが出来ているのだろう?』という疑問が頭から離れなかった。

 高校までは死ぬ気でサッカーに励んだ。泣きながら走った。高校卒業後はサッカーを辞めて芸人になった。

 他のサッカー仲間達はサッカー推薦で大学に進学したり、会社に就職していった。僕は、もう彼等と同じようには二度とサッカーが出来ないんだなと思うと、時折とても哀しい気持ちになった。

 そんな僕が、憧れの選手の引退試合で憧れの選手達に囲まれてサッカーをしている。考えれば考えるほど不思議な出来事である。

 そんな時に、完全にバテて足が止まっている僕に対してスタンドからサポーターの少年が、『又吉!サボるな!』と大声で叫んでくれた。その愛のある野次は他のサポーター達に大いにウケた。

 僕は、『すみません』と頭を下げて太ももを無理やり上げて走った。
サポーターの皆さんは笑いながら応援して下さった。

『又吉!サボるな!』という少年の言葉は妙に胸に刺さった。ネガティブな意味ではなく、ポジティブな意味として。

  そうか、僕は高校卒業してから、あくまでも僕なりにではあるが、サボらなかったから御褒美として神様がこのピッチに立たせてくれたんじゃないかと思った。

 今後、僕はベンチを温めるような日々を過ごすこともあるだろう。

 それでも、『又吉!サボるな!』と神様が言ってくれたんじゃないかなと僕にしては前向きに捉えることが出来た。

 それは、きっと常にサボらなかった三浦淳宏というサッカー選手のフィルターを通したからこそ持つことが出来た健全なビジョンなのだと思う。サッカー少年だった、あの頃と同じように。


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 フフってなった。多分、スタジアムのみんなが同じような感覚を共有できていたんじゃないかな。いい気持ちのする文章ですね。
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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

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