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4年目の「その日」 

 また、この日がやってきました。

 あの日のあと、混乱と不安の中で過ごした日々は、ただただ重苦しく、永遠に続く「劫」を感じさせるものでした。

 しかし、時間というのは無駄に公平で、気が付けば4年が過ぎてしまいました。

 この4年間で、私は6回ほど東北を訪れました。
 わずかな回数ですが、少しずつでも確実に進む復興と、一方で先の見えない混沌を目の当たりにできたと思います。


 いまだに広がる雑草だらけの野原。

 撤去されないままの建物の残骸。

 懸命に復興の歩みを進めようとする人。

 今、目の前のことに取り組む人。

 悲哀を乗り越え、深みのある笑顔で往時を語る人。

 とりとめなく書いていても、様々な光景や百人百様の表情を思い出すことができます。
 ただ、たくさんの笑顔を思い出すと目頭がツンとくるのはどうしてでしょうね。

 解決されない原発の問題や、遅れる復興行政に募る不満もあることでしょう。震災遺構の保存をどうするかという問題も、様々な思いが綯い交ぜになっています。
 それでも、目の前に横たわる現実に向き合って、懸命に生きる。それが今の東北の姿。

 だから、私はこの4年間、この震災に関しては政治的なことはなるべく考えず、ただそこで生きる人を見つめ、応援しようと思ってきました。

 そして、これからも。


 3月15日(日)、南三陸町では「ボランティア感謝の集い」が催されます。
 私のようにわずかな回数しか参加していないものにもご案内をいただきました。勝手に南三陸町を「第二の故郷」認定をしている私としては、行かないわけにはいきません。土曜日から前乗りして参加させていただきます。
 今回は、初めてボランティアに参加しない南三陸町ですが、その分ゆっくりと歩いてみたいと思います。

 今回は娘を連れていきます。震災を4歳で経験した娘は、保育園でお昼寝の時間。ぐっすり寝ていて、揺れを知らないままでした。
 8歳になって多少は感受性も育ちました。ことあるごとに震災の話もしてきました。
 あとは実際に現地を見ること。これが我が家の英才教育です。「次の世代」として、娘にも東日本大震災に向き合ってもらわねばならないですから。

 遠く離れていても、共に歩く。

 5年目が始まります。
 頑張りましょう。

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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

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