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箕輪城訪問記 

 平日ですが、昨日はお休みをいただいて歴史の旅をしてきました。

 目的は上州の箕輪城。関東管領上杉氏の重臣、長野氏の居城だった城です。
 著名な城主としては、戦国期の長野業正がいます。上杉氏が関東の拠点を失って後も、孤塁よく領域を守り、武田信玄の猛攻にも耐えました。
 業正没後、嫡子業盛が信玄に敗れ滅亡。星霜を経て井伊直政が入封しましたが、居城を高崎に移して廃城となりました。

 近世城郭として再興されなかったために、遺構がよく残っているということで、訪ねてみました。

 朝9時にCBくんで出発。暖かくなってきたので、バイクで遠乗りも気楽になりました。東名から海老名JCTで圏央道に入り、関越道で高崎ICまで。
 本筋ではないですが、海老名JCTは酷いですね。東名から1車線で分岐するのはいいとして、その後本線に入る前に上り車線からの分岐と合流しますが、それでもまだ1車線。ここで渋滞が発生してしまいます。両方たいした交通量でもなく、圏央道の本線も空いているのに、合流で渋滞してしまいます。
 反対車線も東名に入るのに長蛇の列。交通量の多さは予想できたはずなのに、この設計はありえません。

 その後はスムーズに高崎まで。高崎駅に寄って、名物だるま弁当を買ってきました。
 横川の峠の釜めしもありましたが、やはり高崎でたべるならだるまですよ。
2015 03-26 30

 箕輪城は高崎から10キロほど離れています。榛名山を目指すように西に向かっていくと、新幹線をくぐったあたりから榛名山の裾野の傾斜に入ります。
 やや狭い道になってから箕郷地区に入ります。ここが箕輪城の旧城下町になります。

 箕輪城の搦手がわにバイクを止めました。綺麗に整備された駐車場からは榛名山の山並みが望めます。
2015 03-26 1

 箕輪城の立地を見ると、榛名山麓から伸びてくる傾斜地の中で、舌状に伸びた台地を利用しています。南側は高崎市街に向かって開けていて、そこに城下町が形成されていました。
 西側は榛名白川が流れていて段丘になっており、天然の外堀としています。この西側が城の大手です。東側は現在はありませんが沼地があって、搦手になっていました。
 上州の東に広がる平野を睥睨する位置取りの平山城ですが、背部に丘陵地帯を背負っているあたり、中世から近世への移行期を象徴しています。

 では、城に登って行きましょう。
2015 03-26 2


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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

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