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新潟ツアー 干拓編 

 お盆の前、新潟ツアーに行ってきました。旅のテーマが2つあって、その1つが新潟の干拓事業です。
 越後平野は今でこそ米どころで知られます。平成25年は664,300tの生産で全国1位です。しかしもともとの越後平野は、信濃川と阿賀野川の河口に広がる低湿地で、日本海よりも標高が低く、悪水がたまってとてもじゃないですが豊かな耕地となる地域ではありませんでした。
 人々は湿地に水路を掘って排水に努め、わずかでも客土をして稲作をしていました。それでも排水は十分ではなく、腰まで水に使っての農作業を強いられていました。
 ひとたび大雨が降れば、あっという間に周囲が水浸しになり、洪水の被害も少なくありませんでした。
2015 08-18

 昭和に入って、ようやく近代的な排水事業がスタートしました。昭和32年に機械による排水がスタートし、ついに越後平野は乾田化して穀倉地帯となったのです。
 今回はその後を偲ぶツアーです。

 スタート地点は鳥屋野潟。新潟駅の南にある潟です。向こうに見えるのは「ビッグスワンスタジアム」です。
 この鳥屋野潟、国土交通省での扱いは「一級河川」。周辺の水がここに溜まり、栗ノ木川を経て信濃川に注ぐのですが、すり鉢状の地形になっていますから、なかなか排水されないのです。
 ここの水位が日本海よりも高くなったりするので、周辺の水もなかなかひかず、結果として地域全体が湿地帯になるというわけ。
2014 08 新潟干拓編1

 その辺の詳しいことを知るために、まずは新潟市歴史博物館へ。
 ここには旧新潟税関もあります。
2014 08 新潟干拓編2

  ここで昭和30年代の地図を見せてもらって、それから向かったのはこちら。
2014 08 新潟干拓編3
2014 08 新潟干拓編4

 鳥屋野潟から栗ノ木川に合流するあたりにある、旧「栗ノ木排水機場」です。

 鳥屋野潟のあたりは「亀田郷」といいます。ここでは地域の人々が「亀田郷土地改良区」という組織を作り、農地改良に取り組みました。
2014 08 新潟干拓編7
 こちらがその改良区の本部です。お話を伺いにあがりたかったのですが、お盆でお休みです。残念。

 改良区の最大の仕事は、一帯の排水。昭和23年に国営事業で栗ノ木排水機場が完成し、鳥屋野潟の水を常時汲み上げて排水するようになります。亀田郷の乾田化のスタートでした。排水路なども整備され、昭和32年には一帯が乾田化、亀田郷は一転して美田が広がる穀倉地帯となったのです。

 栗ノ木排水機場は地震でダメージを受け、現在は痕跡しか残っていません。
2014 08 新潟干拓編5
2014 08 新潟干拓編6

 しかし、この栗ノ木排水機場こそが信濃川の分水路とともに現在の新潟の発展の基礎を築いた産業遺産です。大事に残してほしいと思います。

 現在、鳥屋野潟からの排水は、栗ノ木川のほうではなく、反対側の信濃川との合流点で行っています。
2014 08 新潟干拓編8
 親松排水機場です。この他にも多くの揚排水機場があり、亀田郷土地改良区が管理運営し、連動して一帯の水利管理を行っています。
2014 08 新潟干拓編9

 なお、有名な亀田製菓は、ここ亀田郷にあります。


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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

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