≪ 2017 06   - - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - - -  2017 08 ≫
*admin*entry*file*plugin

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


南三陸 山歩きツアー② 

 パート②は入谷編です。私はこれまで南三陸町というと津波の被災地のボランティアがほとんどで、内陸にある入谷にはあまり縁がありませんでした。
 今年の3月のボランティア感謝の集いの時に、娘をつれてオクトパスくん作りを体験したのが、初めて(こちら)でした。今年の夏は、応縁団の「おでって」に参加したので、そのときにゆっくり入谷の温かな雰囲気を味わい、南三陸町の魅力の奥深さに感じ入ったものです。
 今回はじっくり入谷を楽しめるのを楽しみにしてきました。

 入谷地区はリアス海岸中心の南三陸町にあって、唯一内陸部にある、のどかな里山の集落です。海からも遠く、東日本大震災でも南三陸町の各地区の中で唯一津波の被害を免れました。
 その代わり、東北自動車道方面から南三陸町に来て最初の集落でもあるので、被災地支援の拠点として、避難所や物資の集積、炊き出しなど多くの場面で町の復興を支えました。

 では出発です。峠を少し下ると、このような巨石が。
2015南三陸晩秋 20
 先ほどの鐙石もそうですが、各所になぜか巨石があって、それぞれに様々な言い伝えがあるのが面白いですね。

 峠で本来は昼食を取るはずだったのですが、前述のとおりかなり寒い。弱っていたのですが、歌津から入谷に入ったことでガイドさんが交代になり、入谷のガイドさんの伝手で、近くの農家におじゃまさせていただいて、お部屋でお弁当を食べさせてもらえることになりました。みかんまでごちそうになってしまって…。

 こちらでは庭にも幾つもの作物が育っていますが、スダチなどもありました。これもご厚意で少し頂いてしまいました。本当に有難うございます。
2015南三陸晩秋 21
 突然の訪問でしたが温かく迎えていただきました。度は地元の方とのふれあいが何よりです。幸せでした。

 入谷山の神平という入谷地区でも最も奥の集落は、入谷三山の一つ新行堂山の麓にあります。ちょっと山に入って行くと、ここにも巨石がありました。
2015南三陸晩秋 22
 なかなかの大きさですね。ひび割れていますが、嘘つきは通れないとのこと。…そんなこと言われるとためらってしまうではないですか。いや、嘘なんか、つつつつつついてないですよ。

2015南三陸晩秋 23
 さすがにこいつは余裕しゃくしゃくでした。楽しげに遊びまわっています。

 私はというと…。
2015南三陸晩秋 24
 必死ですが、ちゃんと通れましたって!

 それにしても、入谷の農村の風景は実にいいです。
2015南三陸晩秋 25
2015南三陸晩秋 26
 下の写真では新行堂山が望めます。入谷地区は北方を新行堂山・惣内山・童子山に囲まれていて、南は本吉街道(398号線)に向かって開けています。

 入谷は中世期、金を産出し「入谷千軒」と言われるほど繁栄したそうです。といって、この時代は鉱山を深く掘ったわけではなく、砂金を採るか、露頭の岩を砕いて金を得ていました。その後寂れ、よすがを感じることは殆どできません。
 現在は穏やかな農村です。幾つかの畑や農家を見させていただきながら、美しい里山を歩くうちに、この日の宿に着きました。

2015南三陸晩秋 29
 泊まるのは「さんさん館」です。見ての通り、廃校になった林際小学校を改装した宿泊施設です。懐かしい木造校舎が素敵です。

2015南三陸晩秋 27
 板張りの廊下や掛け時計、木枠のサッシ、足踏みオルガンなど、どれをとっても懐かしいですね。

 極め付きはこれ。
2015南三陸晩秋 28
 さすがにこれは使ったことがない(笑) 林際小学校は廃校になって20年位ですから、どこから引っ張りだしたんでしょうね。
 それにしても、中の探検は楽しい経験でした。とくに近代的な鉄筋コンクリートの小学校に通う娘からすれば、新鮮だったようです。

2015南三陸晩秋 30
 夕食は海鮮バーベキューです。ホタテや鮭やイカ、何でもかんでも美味しいんですよね。夕景を眺めながら、三陸の秋の味覚を満喫。
 ついでに、さんさん館で出してくださったデザートも楽しくてよかったです。マショマロや焼きバナナのチョコフォンデュ。鉄板の上で湯煎してチョコ溶かすなんて、意外な技でした。
 ゲームなども楽しんで、暗くなるまでゆっくりしました。最後に炭火で暖まりながら、地元の方に震災当時の話を聞きました。避難した屋上で膝まで津波に濡れ、そこで一夜を明かしたことや、間一髪避難が間に合ったこと、炊き出しでたくさんのおにぎりを作ったこと…。

 いつの間にか空はたくさんの星が輝いていました。時間が早いので、夏の大三角がまだ残っていて、秋の代表ペガススの四辺形と競演していました。
 部屋は教室を改造してユニットバスとベッドが入った洋室でした。食事の後は寒くて仕方がなかったので、部屋をガンガンに暖め、ベッドに寝転がって娘といろいろ話していましたが、8時前には眠くなってしまってそのまま撃沈。


▼続きを読む▼

この記事へのコメント

この記事へコメントする














chinafree
(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。