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陸奥棚倉 

 高速道路1000円を利用し、福島県の棚倉に行ってきました。
 なんてこともない田舎の小都市ですが、私にとっては多少の思い入れがあります。ずいぶん昔に、九州の名将立花宗茂を紹介したことがあります(こちら)。

 筑後柳川の領主だった宗茂は、関ヶ原で西軍につき、改易となり、浪人します。しかしその誠実無比な人柄が徳川秀忠の目に留まり、御書院大番頭に取り立てられます。これが慶長9年(1604)。さらに、慶弔11年(1606)にこの棚倉に1万石を給せられて大名としてカムバックしました。

 政庁を棚倉のどこに置いたかはよくわかっていないようです。その後慶弔15年(1610)には2万石を加封されて、赤館に居城したようです。
 ただ、治績についての記録は少なく、実態はよく見えていません。ただ、のちに柳川に復し、関ヶ原敗戦組で唯一の旧領復活者である宗茂の人柄を考えると、踏み台になどと思わず、真摯に施政をしたのではないでしょうか。
 大坂の陣でも功を挙げた宗茂は、元和6年(1620)、柳川城主田中吉政の無嗣断絶に伴い、柳川藩主に復します。彼は10年以上を過ごしたこの棚倉の地をどのように感じていたのでしょうか。

 宗茂のあとは丹羽長秀の嫡子長重が入封。亀ヶ城の異名をとる棚倉城を築きました。今の城址はこの丹羽長重が築いたものです。

棚倉城址②

棚倉城址①
 こちらは本丸跡です。

 なお、往復で552.8キロ、燃費は11.8キロ/リットルでした。
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japantourist

Author:japantourist
3児の父、リターンライダー。歴史マニアにして、レガシィB4を乗り回し、天文書を片手に星空を眺める。
横浜FCを追いかけ、サッカーボールを蹴っ飛ばす。
ホントは何が好きなんでしょうか・・・